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【カヌー】プロ選手になるには?日本代表選手からヒントを探る!

カヌー競技は、国内では他のメジャースポーツと比べるとややマイナーな感じがありまず。

よく似たスポーツとしてボートが挙げられますが、知名度や注目度に大きな差があるのも正直なところでしょう。

ところが、世界最高峰の大会であるオリンピックのリオデジャネイロ大会で、日本の羽根田卓也選手が銅メダルを獲得し、一気に関心が高まりました。

カヌーのトップ選手になるにはどうすればよいか、この羽根田選手の経験と実績などを参考に解説していきます。

カヌー競技とは

カヌーの歴史を辿(たど)れば、数千年も前から人々の水上での移動手段として広く活用されてきたのですが、これをスポーツの形で始めたのがイギリスといわれています。

現在のカヌー競技には、直線コースで同時にスタートして最速タイムを競う「スプリント」と、川の激流を下りながらタイムと技術を競う「スラローム」の2タイプがあります。

そして、ブレードと呼ばれる水かきが片端だけの「カナディアン」と、両端にある「カヤック」の2種類それぞれの競技で、男女ともにスプリント12種目、スラローム4種目で競い合います。

カヌーのプロ選手

カヌー競技は主に欧米地域で盛んに行われており、強豪国としては、圧倒的な戦歴を誇るドイツやロシア、またハンガリーやカナダなどが挙げられます。

こうした国や地域と比較すると、残念ながら日本ではカヌー競技はややマイナーな印象があり、実際にこれまで大きな国際大会での目立った活躍はありませんでした。

ところが、カヌー競技を一気に注目させたのが、2016年のリオデジャネイロオリンピックで日本人初の銅メダル獲得した、羽根田卓也(はねだ たくや)選手の存在です。

日本トップの実力を大舞台で示した羽根田卓也選手

カヌー競技の最高峰は、何といってもオリンピックです。

全世界から選び抜かれた強豪が最高の技術を競い合う場であり、全選手の大きな目標となっています。
半世紀ぶりに2度目の開催を果たした「東京2020」はつい最近のことですが、前回のリオデジャネイロ大会で銅メダルを獲得したのが、上述した羽根田卓也選手です。

羽根田選手が出場したのは、片端で漕ぐカナディアン部門でした。この大会では、日本選手どころかアジア人でも初の銅メダル獲得という快挙を成し遂げ、日本中が歓喜に沸きました。

マスコミでも大きく取り上げられ、成果に至る道程などが注目されましたが、やはり成功に至るには過酷な経緯があったことが明らかになりました。

高校卒業後、腕を磨くために単身で欧州の強豪国・スロバキアへ渡り、生活面からスポンサー探しまで全て一人で行う努力を重ね、主要な国際大会であるアジア選手権やアジア大会での優勝などを経て、オリンピックのメダリストへと昇華していきました。

伝説の人・ビルギット・フィッシャー選手

日本ではカヌー競技の世界的トップ選手についてほとんど知られていないのが現状ですが、世界の強豪国ではこれまで数多くの名選手を輩出しています。

その中でも特筆すべきなのが、ドイツ女子のビルギット・フィッシャー選手です。フィッシャー選手は8歳でカヌーを始め、17歳の時に世界最年少で世界選手権に勝って以来、素晴らしい成績を積み重ねました。

その後の世界選手権で何度も優勝し、出産のため競技から遠ざかった時期を乗り越え、何とオリンピックに通算6回出場メダルも金8個、銀4個と超人的な記録を誇っています。

彼女がオリンピックで記録した最年少と最年長の金メダル記録は未だに破られておらず、カヌー界最大のレジェンドの一人です。

カヌーのプロ選手になるには

日本ではまだまだメジャースポーツとは言い難いカヌー競技では、これまで広く知られるトップ選手の存在はありませんでした。

しかし何度も繰り返すとおり、アジア人初のオリンピックメダリスト・羽根田卓也選手の活躍が、カヌーのトップ選手になるために目標とすべき大きな指針となるでしょう。

このため、羽根田選手の経験と実績、また取り組みなども参考にしながら、そのヒントを探っていきたいと思います。

競技に親しみ、好きになることが大前提

日本のカヌー競技人口は、未だ数百人~数千人といわれるほど少ないです。このため、そもそもカヌー競技に接し、親しむ機会が非常に少ないのが現状ですが、羽根田選手の活躍を契機に、国内でもカヌーへの関心が高まっているのも事実です。

まずは、カヌー競技そのものに接し、親しみ、そして好きになることが、将来トップ選手になるためのファーストステップとなるでしょう。

羽根田選手は9歳の時にカヌーを始めました。父親がカヌー選手だったのがきっかけという、やや特殊な環境だったといえます。ところが、父親からの厳しい指導のため、当初はカヌーが好きになれなかったそうです。

それでも頑張ってカヌー競技を続け、中学2年生の時に選手権で優勝し勝利の喜びを味わってから、カヌーを好きになったとのことです。その後はどんどん競技に没頭し、着実に成長を重ねていきました。

失敗した時こそ冷静に

カヌーに限らず、どのスポーツにも共通していえることですが、競技に親しみ、長年頑張って努力を続けて試合に臨んでも、思うような結果が出ないことがあります。

こんな時には心も折れ、失望してしまいがちですが、こうした時こそ、冷静に自分を見つめ、現状を分析する姿勢を持つことが大切です。

羽根田選手も、様々な競技経験を通じて、成功だけでなく数多くの失敗を重ねています。その際にまずは冷静になり、決してひとりよがりにならず、周囲や環境、ライバルの状況などを分析し、自分のやってきた練習方法などが本当に正しかったのか?と問いかけました。

更に、ライバル選手の練習環境や方法、そして私生活や細かい動作などまでじっくりと観察し、学ぶべき点を見つけるそうです。

そうすることで、自然と自分に欠けている点を補い、次に進めると語っています。失敗時こそ冷静に、自分と周囲を分析することがポイントです。

世界へと羽ばたく勇気

カヌーに親しみ、好きになってから、更に競技を重ねて成功と失敗を繰り返し、自分の欠点を見つめて改善努力を積み重ねます。

ところが、競技が普及していない日本だけでの舞台では、周囲の環境やライバルなどをいくら分析しても、自ずと限界があります。こうした状況を打破し世界トップを目指すには、思い切って海外の舞台にチャレンジすることです。

羽根田選手も、国内で実績を積み重ねる中、強豪ひしめく海外での活動を意識し、欧州の強豪国・スロバキアに乗り込む決心をしました。それは高校3年生の時でした。

その大きな理由が「危機感」だったそうです。このまま日本にいても、世界に追いつくどころか、ますますその差が開くという気持ちになったとのことです。

渡航後は現地での練習を通じて、世界トップレベルの練習環境や技術、トレーニング方法、そしてフィジカルとメンタル面両方での鍛え方など、あらゆることを学び、刺激とし、自分に取り入れていきました。

こうした取り組みと勇気が、やがてオリンピックメダリストへとつながっていったのです。決して現状に満足せず、更なる高みを目指す勇気が必要です。

まとめ

カヌーのトップ選手になるためにはどうすればよいのか。

カヌー競技におけるアジア人初のオリンピックメダリスト・羽根田卓也選手の活躍と実績・経験などを参考にみてきました。

まだまだ日本ではマイナー競技であるカヌーですが、競技人口拡大に向けて環境整備を進め、多くの子どもたちがカヌーに親しみ、広く人気が高まることによって、将来の世界的トップ選手がどんどん続いて誕生することを期待したいものです。

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カヌーの歴史・競技人口・ルール・大会【スポーツ辞典】



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ミッシー

ミッシー

スポーツ全般を観るのもするのも大好きなスポーツファン

オールド野球ファンがドメインですが、他にもラグビー・サッカーなど、どんなスポーツでも大好きです。本格的なスポーツ経験は剣道で、趣味のスポーツとしては野球・水泳・ジョギングなどを愛好しています。

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