バドミントンはボールではなく羽根を打ち合うというスポーツ。
冷静に考えれば少し奇妙な競技ですが、そのバドミントンはいったいどこで誕生したスポーツなのでしょうか。
調査してみると、ユニークな説が続々と見つかりました。
ここでは、バドミントンの歴史についてご紹介します。
【バドミントン】歴史 起源とされる説
バドミントンの起源については、いくつかの説があります。
諸説あるのは野球やサッカーなど多くのスポーツにもあてはまること。ただしバドミントンについては、中でも特に有力とされている2つの説が存在します。
インドのプーナ
最も有力な説としてよく紹介されるのが、インドのプーナです。
プーナは皮でできた球をネット越しにラケットで打ち合う遊び。
このプーナから派生し、毛糸の球を打ち合うミントンというスポーツは、バレーボールのヒントにもなっています。
1873年、イギリスのボーフォート公という貴族がガーデンパーティーを開いていましたが、その途中、激しい雷雨に見舞われました。
人々は慌てて室内に避難。
手持ち無沙汰になったところでそこにいたインド帰りの陸軍士官が何気なく話したのが、プーナ遊びでした。
その説明のため、身近にあったシャンパンのコルクに鳥の羽根を植え付け、テニスのラケットを振ってテーブル越しに打ち合ったところ、客人たちはこの遊びに熱狂。
パーティーが開かれていた邸宅「バドミントン邸」の名を新しいスポーツに付けたというのです。
この逸話は1941年にアメリカで出版された「スポーツ・アンド・ゲームズ」という書籍に掲載され、定説の1つとなっています。
イギリスのバトルドーアンドシャトルコックス
プーナ由来説は最もよく知られている説ですが、実は反対意見も多くあります。
それはイギリスには1873年よりはるか以前からバトルドーアンドシャトルコックスという羽根つき遊びが存在していたから。
わざわざコルクを使ってシャトルを作る必要はないし、重いテニスのラケットを使わなくてもバトルドー(羽子板)があったはずで、プーナ起源説はバトルドーアンドシャトルコックスを知らないアメリカ人が創作した作り話だというのです。
そしてバトルドーアンドシャトルコックスが由来だった場合、それが盛んに行われていたバドミントン村(バドミントン邸もここにある)の名を取ってバドミントンになったと言われています。
その他の説
有力な2つの説はいずれもイギリスが発祥というもの。
しかし他にもいくつかの説があります。
例えば古代ギリシャや古代エジプトでは金属を芯にして布でくるんだ鞠を木の枠と皮を組み合わせたラケットで打ったという記録があり、これが起源だという説も。
中国には紀元前から羽根がついた球を足で蹴り上げる遊びがあり、これがルーツだという主張もあります。
さらに日本には平安時代から室町時代にかけて、鞠を杖で打ち合う毬杖(ぎっちょう)という遊びが存在。
これもバドミントンに似ていると言われています。
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【バドミントン】歴史 ローカルルール
1800年代末にイギリスでバドミントン・バドルドアとも呼ばれたバドミントンは、さまざまなローカルルールで行われる遊びでした。
サイズ
当時のコートは使える土地の広さに応じて大きさを決めて良いというルール。
しかもコートの形についても、真ん中がくびれた砂時計型のものなど、多くの形状がありました。
さらにシャトルやラケットのサイズにも規定がなかったため、そのとき使うシャトルの飛び方によってコートの大きさを決めていたそうです。
人数
プレーヤーの人数もローカルルールでバラバラ。
1人対1人から4人対4人までが一般的でしたが、最大8人対8人の試合も行われていたそうです。
サーブ
サーブについてもルールはさまざま。
対角線にある相手サービスコートに打ち入れるというものから、テニスの要領でコートの外から打つというルールまであり、中には手で投げ入れるというローカルルールもあったそうです。
ヒットアンドスクリーム
当時のバドミントンで特徴的なのがヒットアンドスクリームという習慣。
これは男女ペアで試合をする際、女性が打つときだけ「キャーッ」と叫ぶというもの。
そのためバドミントンは別名「ヒットアンドスクリーム」とも呼ばれていました。
【バドミントン】歴史 協会の誕生以降
各地で人気スポーツとなったバドミントン。
しかしローカルルールが増えすぎたため、統一ルールを決める必要性が出てきました。
そこで1893年、ロンドンにバドミントン協会が誕生。
ルールが決められ、近代バドミントンの歴史が始まりました。
初期の大会
協会設立の6年後、1899年には早くも全英選手権が開かれています。
この当時の試合は4人対4人や5人対5人。シングルスは「社交的ではない」という理由で、1900年まで大きな試合は行われませんでした。
日本のバドミントン
日本にバドミントンが伝わったのは1921年ごろ。
横浜YMCAにアメリカから道具のセットが送られたことがきっかけで、1931年ごろには横浜対神戸の港町対抗戦も開かれたと伝えられています。
しかし本格的に普及したのは戦後の1946年に日本バドミントン協会が設立されてから。
その間、1934年にはすでに世界バドミントン連盟が設立され、国際大会も開かれるようになっていました。
日本はバドミントンの普及が遅かった国になりますが、女子の国別対抗戦であるユーバー杯では1965年から66年にかけての第4回大会で早くも優勝。
その後も第5回、第6回、第8回、第9回大会で優勝するなど、早い段階から強豪国の仲間入りをしています。
まとめ
発祥については諸説あるバドミントン。
しかし少なくとも近代バドミントンが生まれた国はイギリスであるといえます。
そのバドミントンはルール統一後もラケットやシャトルの素材、技術の変化などに合わせて何度もルール変更が行われてきました。
近代バドミントンは比較的歴史の浅いスポーツ。
これからも大きく変化していくかもしれません。
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