高校野球の激戦区・愛知。
私学4強の一角である享栄高校は、2000年のセンバツを最後に甲子園から遠ざかっている。
夏の甲子園としては28年ぶりの出場に期待がかかる中、チームを率いる大藤敏行監督、プロ注目の左腕・東松快征投手に話を伺った。
インタビュー・文：中嶋絵美
【享栄高校】
甲子園出場は春夏通算19回（春11回 夏8回）。
現在の部員はマネージャーを含めて54名。
大藤敏行監督
中京高校（現・中京大中京）現役時代は三塁手としてプレー。
1990年に母校である中京大中京高校の監督に就任し、2009年夏の甲子園では優勝に導く。
2010年に退任した後、解説者等を経て、2018年8月より享栄高校で指揮を執る。
東松快征（とうまつ かいせい）選手
愛知県東海市出身。150kｍ/ｈを超える速球に加え、スライダー、チェンジアップ、ツーシーム、カーブと多彩な変化球を投げ分ける本格派左腕。
プロからも大注目の投手である。
実は今回取材を担当する私（中嶋）と、大藤監督は浅からぬ縁がある。大藤監督といえば、同じ愛知の中京大中京高校を日本一に導いた名将だが、その中京時代、私は大藤監督の下で野球部のマネージャーを務めていた。
当時は家族よりも長い時間を過ごした監督とも、卒業後はなかなかゆっくり話をできる機会もなかったが、取材を通して見えたのは、人間を育て、信じ、目標に向かって寄り添い歩む、変わらぬ恩師の姿だった。
エース東松に頼り過ぎないチームへ
ーーー大藤先生、今年のチームは一言で表すとどんなチームですか？
大藤監督
ピッチャーのチームですね。“ピッチャーを中心とした守りのチーム”と言いたいのですが、打たれるとエラーをするので…（苦笑）
左の東松、右の中井、右のサイドの磯部。この3年生ピッチャー3人は、どこが相手でもそこそこ投げます。
ーーーチームの雰囲気はいかがですか？
大藤監督
その昔はちょっと“やんちゃ”なイメージがあった享栄ですが、着任してみたら意外とおとなしくて真面目。真面目というのか、元気がないというのか…。
ただ、今年のチームは東松がものすごく明るい。元々彼がエースでキャプテンだったんですが、東松に頼り切ってしまうので、春にキャプテンを4番打者の高田に変えました。
「とにかくみんな、東松から脱皮しろ」と。東松がいなくても戦えるようにしなくてはいけない。やっと「自分たちも頑張らなくては」という気持ちが芽生えてきましたね。
「人間形成野球」が基礎
ーーー大藤先生が指導する“享栄野球”ってどんな野球ですか？
大藤監督
常々言っていることは「人間が成長しないことには技術は伸びないぞ」ということ。
挨拶、返事、掃除、気配り。日常生活についてはきちんと指導するように心がけています。
ーーー私も教わりました。“人間形成野球”という大藤野球の基礎は変わっていないんですね。
では、戦力についてもお伺いします。先程“エラー”という言葉が出ましたが、守備に不安ありですか？
大藤監督
守備力が劣る、ということはないのですが、打ち取った当たりをヒットにしてしまうようなことがあるので、そこを確実にアウトにできるようになってきたら非常におもしろいと思います。
ショートには1年生（仲谷選手）を入れているのですが、この子の守りがものすごく堅いのでチームの守備がぐっと締まりました。
あとはキャッチャーですね。3年生の小笠原の故障の影響で、2年生の杉本と西久保の併用になると思います。
杉本は元々サード・ショートなんですが、人間的に非常に安定していて真面目で、ピッチャーからの信頼が厚い。キャッチャーとしての能力は西久保の方が高いですね。身を挺してボールを捕りにいくような。
この2人がしっかりしてくるとピッチャーが活きると思います。東松なんかは厳しく指導していますよ（笑）
ーーー打撃面ではいかがでしょうか。
大藤監督
これが弱くてねぇ（苦笑）長距離をバンバン打つ選手はいないので、確実にバントを決めたり、エンドランを転がしたりできなければいけないんですが、これがなかなか…。
やるべきことがきちんとできるようになると、このチームの1番いいところが出てくると思います。みんなで繋いで少ないチャンスをものにする。
1番から9番までの誰がヒーローになってもいいように、やれることを丁寧に、という部分を目標に強化練習にも取り組んでいます。
フィジカル強化で圧倒的な身体づくり
ーーーその他、強化に力を入れた部分はありますでしょうか？
大藤監督
冬の間の身体作りがうまくいきました。「とにかく圧倒的な身体を作ろう」ということで、適度な練習と十分な栄養、十分な休養ですね。
身体だけ見たら全国優勝してもおかしくないような身体です（笑）
ーーー新チームの頃から比べると一回り二回り大きく？
大藤監督
別人のようなチームになっています。この時期は甲子園に出場するレベルのチームばかりと練習試合をしますが、どこと戦ってもフィジカル面ではほぼ負けません。
中京時代の教え子がトレーナーになってくれていて、専門的なトレーニングの指導とケガの治療もしてくれているので、身体が大きくなり、ケガも減りました。
全国制覇のカギは、東松を支える周りの選手たち
ーーーズバリ、この夏の目標は？
大藤監督
「全国制覇！」って言いたいんですけどね、負けてばかりなので自信がなくなってきて…。
先日大阪桐蔭との練習試合で勝ちまして、子供たちはそれがいい自信になったんじゃないかと思います。とにかく、やる限りは1つも負けないように、日本一を目指してやりたいですね。
ーーーそんな全国制覇へ向けて、この夏のキーマンを挙げるとするとどの選手になりますか？
大藤監督
やはり全国的に注目されている東松だと思うんですが、中井、磯部の2人の投手がどれだけ東松の負担を軽くできるか。
それから、2年生キャッチャーの2人がどうきっちり守ってくれるか。そこがカギになるような気がします。
ーーープロからも注目の東松選手。監督から見た彼のピッチングの強みはどのようなところにありますでしょうか？
大藤監督
ストレートの強さでしょうね。150kｍ/ｈを超えるんですが、特にベースの上が強くなってきました。
伸びて、重い球なので、ストレートを会心でとらえられることがなくなってきました。力感がなくボールがくるのでバッターとしては打ちづらいでしょうね。
ーーー人柄や性格面はいかがですか？
大藤監督
物怖じせず、誰とでも仲良くできますし、マウンドでの度胸もいいですね。
ピンチになると気持ちが昂るようなところもあったんですが、自信がついたんでしょう、そういうこともなくなり冷静に投げられるようになってきました。
あとは、よく喋るし、面白いやつです（笑）
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3年生3人のピッチャー陣は、いいライバル関係
ーーーではここからは、そんなよく喋る東松選手にお伺いします（笑）
今年のチームを一言で表すと？
東松選手
僕と、磯部、中井という3人の3年生ピッチャーで守り勝つのが今年の享栄の戦い方です。
ーーー3年生ピッチャー3人ではよく話しますか？いいライバル関係？
東松選手
ほぼずっと一緒にいます！特に磯部は気持ちが強いので、色々と言い合うこともあったんですけど、お互い「背番号1」を争ういいライバル関係です。
僕が「大阪桐蔭の前田投手をライバル視している」と言うと磯部が「俺がライバルだ！」みたいな。そんな感じで1年生からずっとやってきました。
ーーーでは、チーム全体の雰囲気はいかがでしょうか？
東松選手
練習以外ではみんな元気よく明るいんですけど、いざ練習になると大藤先生の威圧というか…（笑）ちょっと怖いので……（笑）
でも、みんなで楽しくやっています！
常にポジティブに取り組む
ーーーご自身のピッチングの持ち味を教えてください。
東松選手
速いストレートが1番の持ち味。
攻めのピッチング、強気のピッチングが僕のピッチングスタイルです。
ーーーマウンドで特に意識していることは何ですか？
東松選手
「マウンドでは情けない姿を見せてはいけない」それがエースのあるべき姿だと思うので、‟マウンドは絶対に降りない”ということと、‟自分がヒーローになる！”ということしか考えていないですね。
ーーーピッチャーの身体づくりで意識して取り組んでいることはありますか？
東松選手
享栄に入学してから、身体を大きくすることと、体幹への意識が高まりました。
速い球を投げるための身体づくりでもあるんですが、高校野球って練習量が一気に増えるので、ケガをしないための身体づくりも意識して取り組んできました。
体幹トレーニングは長いときは1時間くらいやっています。
ーーー大藤監督は東松選手のことを「明るい」と言っていましたが、ご自身では自分の性格をどう分析しますか？
東松選手
とにかく「人生、楽しんだもん勝ち」だと思っているので、とにかく明るく！
きつい練習でも「きついな～」と思ってやるより「これを頑張ったら結果が出るんだ」と思って、常にポジティブに取り組んでいます。
東松が見据える目標とは
ーーープロ野球界からも注目を集めていますが、ご自身でも意識はしていますか？
東松選手
僕には目標があって、プロ野球はその目標を達成するためのスタートラインだと思っています。
ーーーその目標とは？
東松選手
メジャーリーグに行って、サイ・ヤング賞を獲ることです！
NPBの世界で「もう戦う相手がいません！」というくらいの活躍をして、メジャーに挑戦したいと思っています。
大藤先生が「2人で信じてやっていこう」と言ってくださって、それがモチベーションに繋がっています。
ーーー固い信頼関係ですね。そんな大藤監督とのやり取りで印象に残っていることはありますか？
東松選手
言葉の全てが胸に響きます！厳しい事を言うときも、奮い立たせるためにあえて言っているんだと分かったので、「大藤先生を日本一にして胴上げをしたい」という想いが日に日に強くなってきています。
ーーー今年の4月にはU-18日本代表候補の合宿にも参加されていますが、収穫のあったことや刺激を受けたことはありますか？
東松選手
半分以上が甲子園を経験している選手だったのでレベルの高さを感じました。
僕自身も実力は通用すると思っているので、その時のメンバーと夏の甲子園で会って対戦したいという想い。そして、日の丸を背負って一緒に戦いたいという想いがあります。
ーーー最後に、この夏のチームとしての目標と、個人の目標を教えてください。
東松選手
チーム目標は、28年間ぶりの甲子園に出場して、日本一になることです。
個人としては、甲子園優勝投手になる、U-18のエースになって世界一を獲る、そしてドラフトで1位競合指名を受ける。この3つが目標です！
ーーー高校最後の夏に向けての意気込みを一言お願いします。
東松選手
全員野球で、一戦必勝で甲子園目指して戦っていきます！
古豪復活へ＿＿
享栄の夏が、動き出す。
取材後記
チームの足りない部分まで、包み隠さず話してくださった大藤監督。
弱さを認めることも強さの証なのだ。それでも勝ち抜いていくという名将の覚悟を感じた。
そして、高校生にして人生の目標やビジョンが明確で、すでに甲子園のマウンドのその先を見つめている東松選手。
その底抜けなポジティブさで、時々ちょっとだけ弱気になる名将を助けてあげてね。
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