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【2024】本田圭佑の年俸はいくら?現在までの推移もご紹介!

本田圭佑選手といえば、日本を代表するサッカー選手の一人。
日本代表として活躍しながら世界中のクラブを渡り歩いてきました。
2021年11月にリトアニアのスドゥバを退団。2022年に膝の手術を行った彼は、2023年12月に現役続行を宣言して話題になっています。
そこで今回は、本田圭佑選手の年俸を調査。
Jリーグからスタートし、世界のリーグでプレーした彼の年俸の推移をご紹介します。

本田圭佑とは

本田圭佑選手は、2005年から日本を代表するミッドフィルダー/フォワードとして活躍を続けてきたサッカー選手。
多くのメディアから「歴代日本代表ベストイレブン」や「アジア歴代ベストイレブン」に選出されています。

経歴

本田圭佑選手は挫折から経歴をスタートさせた人物。ガンバ大阪ジュニアユースに所属していましたが、スタミナやスピードに劣るとしてユースチームへの昇格が見送られています。
しかし石川県の星稜高校に進学するとキャプテンとして石川県勢初のベスト4に貢献。2005年に名古屋グランパスエイトに加入しました。
その後、2008からオランダのVVVフェンロー、2010年からロシアのCSKAモスクワで活躍した後、2014からはイタリアのACミランに加入。さらに2017からはメキシコのパチューカ、2018年はオーストラリアのメルボルン・ビクトリー、2019年はオランダのフィテッセ、2020年はブラジルのボタフォゴ、2021年はアゼルバイジャンのネフチ・バクーリトアニアのスードゥヴァ・マリヤンポレに加入しました。

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本田圭佑の年俸の推移

本田圭佑選手はアジア、ヨーロッパ、北中米、オセアニア、南米で活躍。つまり世界6地域中5つの地域のプロリーグでプレーしたことになります。
ではこの間の年俸の推移はどうなっているのでしょうか。
それぞれの時代の年俸をご紹介します。

日本時代

本田圭佑選手は日本では名古屋グランパスエイトに所属しました。
1年目の年俸は450万円。その後の活躍によって年俸は急上昇します。

2005年:450万円
2006年:1000万円
2007年:1800万円

オランダ時代

名古屋グランパスエイトとの契約時に「オファーがあれば海外クラブへの移籍を認める」という条件を取り付けていた本田選手は、21歳の若さでオランダ1部リーグ・VVVフェンロへの移籍を実現。年俸も一気に増額します。

2008年:約6500万円
2009年:約6500万円

ロシア時代

オランダでの2年間の活躍の後、本田圭佑選手はロシアの名門・CSKAモスクワに招かれます。移籍金は推定約12億円。年俸は約3億円でした。
このとき24歳だった本田圭佑選手は、プロデビューわずか5年で約3億円の年俸を実現したことになります。移籍後の初試合はヨーロッパチャンピオンズリーグ。チャンピオンズリーグの週間ベストイレブンにも選出されました。

2010年:約3億円
2011年:約3億円
2012年:約3億円
2013年:約3億円

イタリア時代

2013年12月、本田圭佑選手はついにイタリア、セリエAのACミランに移籍します。しかし初戦出場の翌日に監督が成績不振により解任。それ以降毎年監督が交代するという不幸な状況の中、本田選手はさまざまなポジションでチームに貢献し続けました。そしてこのときに年俸もピークを迎えています。

2013年:約3億4000万円
2014年:約5億1000万円
2015年:約4億5000万円
2016年:約5億4000万円

メキシコ〜リトアニア時代

ACミラン最後の年となった2016年には、若手を起用する監督が就任。そのため本田選手は出場機会が激減してしまいました。
新天地として彼が選んだのは、メキシコのパチューカ
ここでも本田選手は大活躍し、「今季に新加入した選手の中で最もインパクトを残した」と評価されます。リーグ戦では、29試合10ゴール7アシストを記録。北中米カリブ海王者として参加したFIFAクラブW杯でも3位という好成績に貢献しました。
次に移籍したのはオーストラリア。この国のリーグはチーム全体の年俸の合計が約1億7200万円になるよう制限されています。しかし特例でクラブにつき一人だけ認められるマーキープレーヤーという契約があり、メルボルン・ビクトリーでの年俸も高値をキープできました。
また再びオランダに戻ったフィセッテでも3億円を超える年俸を実現。しかしCSKAモスクワ時代の恩師であるスルツキー監督が退任したことで出場機会が激減し、出場わずか1ヶ月で退団しました。

2017年:パチューカ:約5億2000万円
2018年:メルボルン・ヴィクトリー:約3億2000万円
2019年:フィセッテ:約3億3000万円

その後、本田圭佑選手は1年契約でブラジルのボタフォゴ、アゼルバイジャンのネフチ・バクー、リトアニアのスードゥヴァ・マリヤンポレでプレーします。
アゼルバイジャンやリトアニアはリーグとしての市場規模が小さいこともあり、年俸は激減。リトアニア時代には年俸の公表はされませんでしたが、本田選手は「なんとか生活していけるお金をいただいているので、移籍することに大して迷わなかったです。ただ皆さんが思っている以上に安いかもしれないです」と語っています。
表の推定額は、リトアニア1部の上位クラブの海外選手の年俸相場からの推定です。

2020年:ボタフォゴ:約6600万円
2021年:ネフチ・バグー:約4000万円
2022年:スードゥヴァ・マリヤンポレ:推定約600万円

まとめ

年俸3億円以上を11年、うち2年は5億円以上を稼いでいた本田圭佑選手。
現在はサッカースクールやスポーツ支援会社の経営など、実業家としての収入が数億円はあると思われるため、現役を続行する際の年俸はあまり問題にならないと言われています。
本人も「移籍先はなんでもいいというわけではない。意味のわからん指導者の下で、意味のわからん戦術で1年間やるかっていっても、別にそんな金もいらんし」と発言。
一方で、もしアフリカでプレーをすれば世界6地域を制覇したことになるため、アフリカに行くのではないかとも推測されています。
本田圭佑選手の今後の活躍と、そこでの年俸も気になるところです。

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