日本の夏の風物詩と言った時、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。海水浴を想像する人もいるでしょうし、山での登山を考える人もいることでしょう。花火や夏祭りの景色を思い浮かべて、気分が高揚するという人も少なくないに違いありません。
夏祭りと言えば、屋台めぐりが大きな醍醐味です。玩具などの景品が当たるクジを楽しんだり、屋台でやきそばやたこ焼きを買ったり、美味しいものと楽しいことが目白押しとなっています。実は、屋台でよく見かける楽しみのいくつかは、スポーツに通じるものがあると気づいている人もいるのではないでしょうか。
例えば、射的。オリンピックにも射撃を行う競技はありますし、日本の選手がメダルを取った事もあります。夏祭りの射的と競技としての射的は扱う銃も的も大きく異なりますが、夏祭りの射的が得意という人は競技としての射的にも適正があるかもしれません。
さらに、あまり知られてはいませんがもう一つ、お祭り屋台の定番に通じるスポーツがあるのです。テーブルに設置されたコップの中にボールを投げ入れて、見事コップに入れることができたら景品がもらえる、というゲームをやったことがある人は多いのではないでしょうか。
これは、立派なスポーツとして成立しているのです。今回はそんな、知られているようで知られていない競技、ビアポンについて紹介します。
ビアポンの起源・歴史について
ビアポン、という名前そのものを聞いたことがないという人は多いことでしょう。お祭りの屋台や、パーティーゲームとして存在していることは知っていても、競技としての存在はあまり日本で周知されていません。
しかし、このスポーツの歴史は意外にも古く、1950年代から60年代のダートマス大学内同好会における飲酒文化にあると言われています。ダートマス大学は、1769年に設置された歴史あるアメリカの私立大学で、ニューハンプシャー州ハノーバー市に本部を置いています。
元々はこの大学の学生達が飲み会で、相手のカップにピンポン玉を投げ入れる遊びをし、負けたら罰ゲームを与えていたというのがきっかけとなっているようです。カップにビールを入れることが多かったことから、ビアポンと呼ばれるようになったのだとか。
ビアポンが生まれた当初は、卓球にそっくりだったとされています。卓球台に、両端に配置した1個か2個のカップにボールを打って入れるというスポーツだったそうです。
その後、パドル(ラケットのようなもののことです)を使わずに行う競技が誕生し、1980年代アメリカで、ビアポンとベイルート (Beirut) という名前がつけられて今に至るのだそうです。
ちなみにこの二つは別の競技ではなく、同義語であるそうです。地域によっては、パドルを使うスポーツをビアポン、パドルを使わないスポーツをベイルートと呼んで区別することもあると言います。
飲み会の遊びを起源とする競技ではありますが、当然競技としてのビアポンに飲酒は関係ありません。お酒が飲めない人も、もちろん女性や子供や年輩者も楽しむことができます。
日本におけるビアポンの歴史について
そんな意外にも数十年以上の歴史を持つビアポンではありますが、日本にやってきたのはそう昔のことではありません。お祭りなどのゲームとしては前々から知っていた人もいましたが、スポーツとしては長らく認知されていなかったためです。
国内でスポーツとしての認知を広めるべく、「日本ビアポン協会」が設立されたのは2010年になってからのことでした。現在新宿の本社を拠点に活動を続けています。
ビアポンと関連のあるスポーツ
ビアポンを語るにあたり、やはり外せないのはその起源となったスポーツ、卓球でしょう。元々は卓球台にカップを固定して、ラケットでカップにボールを入れるというゲームであったビアポン。卓球なくして、ビアポンの誕生はなかったと言っても過言ではありません。
そんな卓球は、現在中国などの国が強豪であるイメージが強いかもしれませんが、元々はテニスと同じく19世紀後半にイギリスで考案されたものだったと言われています。正確には誰が最初に考案した競技であるのかはわかっていませんが、ジェームズ・デボンシャー氏が1885年に特許を申請していることははっきりしています。
そんな卓球という競技において、日本は1950年代 から1970年代には世界のトップをひた走る国の一つであったとされています。ところが、80年代以降はシェークハンドの普及でプレースタイルの変更を余儀なくされたこともあり、なかなか後進が育たず長らく停滞の時期を迎えました。
しかし、2000代以降に有望な若手選手が次々と出現し、世界をあっと驚かせるようになったことは皆さんもよく知るところでしょう。特に東京2020オリンピックでは、伊藤選手と水谷選手のペアが混合ダブルスで日本卓球史上初の金メダル獲得。卓球の強豪国として返り咲いた日本の強さを世界に見せつける結果となりました。
ビアポンの競技人口について
ビアポンの正確な競技人口はわかっていません。しかし、世界各地で大変人気があるゲームでありスポーツであるのは間違いないようです。
ビアポンは生まれてから何度もルール変更や修正が行われており、かつては国や州、はたまた家庭によってそれぞれ異なるルールが存在していました。
しかし、2006年BPONG.comがWSOBP(The World Series of Beer Pong)を開催し、無数にあったローカルルールを一本化することになります。
スポーツとしてのオフィシャルルールを制定し、ビアポンというゲームを競技として整えて今に至るという訳です。
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ビアポンのルールについて
WSOBP世界大会ルールとパーティールールの2種類があるとされていますが、ここでは世界大会ルールをご紹介いたします。
元々は語源の通り、カップにはビールを入れていたビアポンですが、世界大会ルールでは4分の1程度の水を入れることになっています。
テーブル(8ft x 2ft x 27.5ft BPONG制か相当サイズものと規定されています)の両側に専用ラックを使い、10個の水を入ったカップを並べた上で先攻後攻を決めます。1チームの人数は2人から4人であり、一つの試合は2つのチームで争われます。
先攻を取ったチームがまず1球を投げ、その後は各チームが1人1球(合計2球)ずつを交互に投げることになります。2球連続で入った場合はボーナスショットとして、もう1球投げることができ、ボールが入ったカップはその都度取り除かれることになります。
最後のカップが入れられるまでゲームを続けることになりますが、ラストカップにボールを入れたチームが即座に勝利となるわけではありません。まだ、相手のチームには反撃のチャンスが残されています。
反撃する側のチームは、成功し続ける限り何球でも投げ続けることが可能ですが、1球でもミスしたらそこで敗北となってしまいます。ただし、反撃する側がラストカップまで連続成功させた場合は、3カップずつを用意しての延長戦に突入するのです。
ビアポンの国際的な大会について
ビアポンの世界大会であるWSOBP(The World Series of Beer Pong)は、毎年の1月にラスベガスに開かれ、大いに賑わいを見せています。世界各地から選手が集まり、高額賞金を争う極めてハイレベルな大会として知られています。2013年夏からはMASTER OF BEER PONGも開かれ、賞金額はなんと10万ドルにもなっているのです。
世界から見た日本のビアポンの強さのレベル
先述したように、日本にスポーツとしてのビアポンがやってきてからはまだ非常に日が浅いと言えます。現在の競技人口はまだ数千人程度であるとのことです。
日本ビアポン協会が生まれた2年後である2012年6月、関東を拠点としてビアポンを広める団体である「東京ビアポン倶楽部」が設立されました。東京ビアポンクラブは 『水曜PONGでしょう!』というイベントを毎週水曜日に東京都内で行い、定期的に公式大会も開催してビアポンの魅力を広め続けています。
まだスポーツとしての認知度があまりない競技であるビアポンですが、日本国内での大会のみならず世界大会に挑戦する選手もいます。2009年からWSOBP世界大会に日本人選手が参戦するようになりました。
現在最上位の記録は2013年WSOBP VIIIに出場したTOKYO SPLASH KINGSの96位であると言われています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。老若男女問わずにチームを組んで楽しむことができ、接触などのリスクもなく安全に楽しめるスポーツ、それがビアポンなのです。
まだまだ日本での認知度は低いですが、世界ではゲームとしてもスポーツとしても大きく取り上げられ注目を集めています。まだマイナースポーツと言われるからこそ、誰でも日本代表になれるチャンスがあるスポーツだとも言えます。興味を持った人はぜひ、さらに情報をチェックしてみてください。
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