パリオリンピックは今回で3回目。
2024年大会も開会式や競技会場など見どころがいっぱいですが、時代をさかのぼってみれば、さらに面白いエピソードがたくさんあります。
今回は、過去2回のパリ大会の雑学をまとめてご紹介。
パリオリンピック観戦中に盛り上がること確実ですから、ぜひお楽しみください。
【パリオリンピック】おもしろ雑学|1900年
パリでオリンピックが開催されたのは1900年の第2回大会と、1924年の第8回大会。特にユニークな競技が多かったのが、1900年のパリ大会でした。
万国博覧会の附属大会
1900年のパリオリンピックは、先に開催が決まっていた万国博覧会の期間中にゴリ押しで開催を決めたため、万国博覧会の附属大会として開催されることになりました。
そのため開催期間が5か月に及ぶ変則大会に。
釣り、熱気球レース、鳩射撃、馬幅跳び、馬高跳びなど、オリンピックらしくない競技がたくさんあり、自分がオリンピックに出場していることに気づかなかった選手も多かったそうです。
川を下る競泳
現在はプールで行われている競泳ですが、1900年のパリ大会の競泳はセーヌ川で開催されました。
スタートは上流側でゴールは下流側。川の流れに乗って泳いだため、良い記録が出たようですが、セーヌ川はかなり汚かったそうです。
障害物競泳
1900年のパリ大会ではセーヌ川で障害物競泳も行われました。
浮かんでいるボートに上り、またボートの下を潜り、突き出しているポールに登るなど、川にあるものをなんでも障害物にしたそうです。
潜水競泳
潜水競泳も1900年のパリ大会で一度だけ実施された種目。
潜水して長く泳ぐほど得点が上がる種目で、泳ぐ距離1mごとに2ポイント、潜水時間1秒ごとに1ポイントを稼いで、合計ポイントを競いました。
こちらもセーヌ川で行われたのですが、濁った川に潜るのはかなり危険だったそうです。
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体操競技
1900年のパリ大会の体操競技は、16の種目を次々に行い、合計得点で順位が決まるというものでした。
その16種類は以下の通りです。
鉄棒・平行棒・つり輪・あん馬・平行棒・跳馬・高飛び・走幅跳・棒高跳・綱のぼり・重量挙げ
その後、高飛びや走幅跳、棒高跳、重量挙げは独立して別の競技になりました。
ただし重量挙げは50kgの石を持ち上げるストーンリフティング。
ちなみに順位は1位から18位まで地元フランスが独占したそうです。
謎の少年
オリンピック史上最年少の金メダリストではないかと言われているのが、1900年パリ大会の「謎の少年」です。
金メダルを獲得したのはボート競技。オランダチームの舵手が出場できなくなったため、そのあたりにいたフランス人の少年を代役にしたところ、チームは見事に金メダルを獲得してしまったのです。
少年は表彰式にも参加し、写真も残っていますが、すぐに去ってしまったため名前や年齢は謎のままになってしまいました。
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【パリオリンピック】おもしろ雑学|1924年
1924年の第8回大会になると競技もかなりまともになっています。それでも今では見られない種目や、面白いエピソードはたくさんありました。
綱のぼり
1904年、1924年の両方の大会で行われたのが、綱のぼり。
実は第1回のアテネ大会から1932年のロサンゼルス大会まで行われていました。
13mの綱を登る競技で、最初はフォームとスピードを採点。登り切れなかった場合は高さも対象とする競技でした。ただし1904年のセントルイス大会と1932年ロサンゼルス大会では登るスピードだけを評価。
一方、フォームも評価して大失敗したのが1924年のパリ大会です。
この大会ではフォームも審査基準になりまれたが、選手22人が満点となり、ほとんど意味がなかったそうです。
スーパースター、ヌルミ選手
オリンピックにはさまざまなスター選手が現れますが、1924年パリ大会のスターは、フライング・フィンと呼ばれたフィンランドのパーヴォ・ヨハンネス・ヌルミ選手でした。
現役の間に1500メートルから20キロメートルまで合計22の世界記録を作った彼は、1924年のパリ大会でも1500mと5000mの世界記録を達成しています。
しかもこの2つのレースの間はわずか55分間。パリの酷暑の中、2時間で2つの世界記録を達成し、中・長距離で金メダルを5個も獲得しました。
スーパースター、ターザン
競泳のスーパースターは、アメリカのジョニー・ワイズミュラー。
65回も世界記録を更新した彼はパリ大会の100m自由形、400m自由形、自由形リレーの3種目で金メダルを獲得。さらに水球にも参加して銅メダルを獲得しました。
次の1928年大会でも2個の金メダルを獲得した彼は俳優に転身。ターザン映画に主演して大スターになりました。
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炎のランナー
スポーツ映画の金字塔と言われている「炎のランナー」は1924年のパリオリンピックがクライマックスの舞台。
アカデミー作品賞を受賞したこの作品は、今でもスポーツバラエティのゴールシーンでよく流れるヴァンゲリスのテーマ音楽でも知られています。
選手村が初登場
選手たちが宿泊する選手村のルーツが登場したのは、1924年のパリ大会。
それまでのオリンピックでは選手たちの宿泊先はホテルでしたが、海外の選手は会場までの移動で困ることもよくありました。
その問題を解決するためにメインスタジアムとなったコロンブ競技場の近くに木造のコテージを建設したのが選手村のきっかけとなりました。
まとめ
革新的なオリンピックになるといわれている2024年パリ大会。
しかしこれまでの2回のパリ大会もなかなかに革新的な大会でした。
オリンピック中継を観戦するときには、昔のパリ大会の雑学も思い出してみてください。
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