野球の国際大会における日本代表のことを「侍ジャパン」と呼びますが、今や聞き慣れた言葉として国民に親しまれています。
監督やチームを引っ張るキャプテンやリーダーなど、それぞれに役割があり、団体スポーツとしても野球は魅力的ですよね。
また、チームにおいて攻撃の中核を担う4番は、非常に重要なキーマンとなります。
今回の記事では、そんな侍ジャパンの歴代4番について、各選手の特徴や成績と合わせてご紹介していきましょう!
侍ジャパンの歴代4番一覧
ここでは、1984年に開催されたロス五輪から2021年の東京五輪までの歴代4番をまとめています。
侍ジャパンの歴代4番について知りたい方は、ぜひ最後まで読んでくださいね!
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荒井幸雄(1984年ロス五輪)
球団:日本石油→ヤクルト
成績:5試合 22打数11安打 2本塁打8打点 打率.500
平均年齢22.5歳の若いチームが編成された侍ジャパンの中でも、チーム最年少だった19歳の荒井選手が4番を任されました。
打率5割という脅威の数字を叩き出し、大会も初出場だったのにも関わらず、侍ジャパンは金メダルを獲得しました。
中島輝士(1988年ソウル五輪)
球団:プリンスホテル→日本ハム
成績:5試合 21打数10安打 1本塁打6打点 打率.436
打率.714、4本塁打、14打点という凄まじい成績で大会三冠王となった1987年のアジア選手権から引き続き、ソウル五輪においても4番を任されたのが中島選手。
不動の4番バッターとして、侍ジャパンの銀メダル獲得に貢献しました。
徳永耕治(1992年バルセロナ五輪)
球団:日本石油
成績:9試合 38打数14安打 4本塁打 13打点 打率.368
1991年のアジア選手権で4番だった丹波健二選手がプロになったため、4番に空きが出ました。
この頃はアマチュアのみがオリンピックに参加できるという決まりがあり、長打力をかわれた徳永選手が代わりに4番に起用されました。
松中信彦(1996年アトランタ五輪)
球団:新日鉄君津→福岡ダイエー
成績:9試合 33打数11安打 5本塁打 16打点 打率.333
決勝のキューバ戦にて松中選手は大会通算5本塁打を決め、満塁ホームランでチームに貢献しましたが、9-13で敗れ銀メダルという結果に。
試合でスラッガーぶりを発揮した松中選手は、その後プロ入りを果たしました。
中村紀洋(2000年シドニー五輪)
球団:大阪近鉄
成績:9試合 39打数12安打 2本塁打 8打点 打率.308
これまでアマチュアのみの参加でしたが、シドニー五輪よりプロの選手の参加が認められました。
侍ジャパンは8人のプロ野球選手が参加し、初のプロ・アマ混合チームで4番を任されたのが大阪近鉄バッファローズの中村紀洋選手でした。
城島健司(2004年アテネ五輪)
球団:福岡ダイエー
成績:9試合 37打数14安打 2本塁打 7打点 打率.378
2003年のアジア選手権でも4番として活躍した正捕手の城島選手が、全員プロ野球選手のチームとして挑んだアテネ五輪でも4番に。
長嶋監督からは「攻守の要」として評価された城島選手は、3位決定戦のカナダ戦において本塁打を放ち、勝負強さを見せました。
松中信彦(2006年WBC①)
球団:福岡ソフトバンク
成績:8試合 30打数13安打 0本塁打 2打点 打率.433
アトランタ五輪から10年後の第一回WBCでは、2度目の4番を任された松中選手。
アマチュア、プロとして2大会も4番として活躍した唯一の選手、また平成唯一の三冠王として知られています。
新井貴浩(2006年北京五輪)
球団:阪神
成績:7試合 35打数 9安打 1本塁打 7打点 打率.257
2007年のアジア選手権に引き続き北京五輪でも4番を務めた新井選手ですが、 腰の疲労骨折のためか打率が奮わず、2割5分7厘という結果に。
大会自体も4位と、悔しい思いをするオリンピックとなりました。
2009年WBC②
村田修一
球団:横浜
成績:5試合 18打数6安打 2本塁打 7打点 打率.333
前年のセ・リーグのホームラン王だった村田選手は、第二回WBCでも長打力を評価され、4番に就任しました。
しかし、韓国戦でヒットを打った際に右太もも裏肉離れとなり、開幕戦に出場できませんでした。
稲葉篤紀
球団:北海道日本ハム
成績:2試合 7打数2安打 0本塁打 0打点 打率.286
村田選手が離脱した後の4番を任されたのが、 強打者としての地位を確立させた稲葉選手でした。
2安打を打つも、得点に絡ませることは出来ずにキューバ戦と準決勝のアメリカ戦を終えました。
城島健司
球団:福岡ソフトバンク
成績:2試合 8打数1安打 0本塁打 0打点 打率.125
城島選手は2004年のアテネ五輪に4番になって以来、決勝戦の韓国戦にて4番を務めましたが、打率1割2分と奮わず。
しかし試合には勝利し、日本は優勝。2連覇を達成しました。
阿部慎之助(2013年WBC③)
球団:読売
成績:6試合 22打数6安打 2本塁打 6打点 打率.273
2004年のアテネ五輪で正捕手・4番の城島選手と同様、阿部選手もその重役を任されました。
その上、キャプテンにも任命され、大きなプレッシャーを感じながら戦っていたに違いありません。
それほど期待されていた選手だったと言えるでしょう。
2015年WBSCプレミア12①
中村剛也
球団:埼玉西武
成績:5試合 19打数3安打 0本塁打 0打点 打率.158
「おかわり君」の愛称で親しまれている中村剛也選手が4番に就任しましたが、 準々決勝のプエルトリコ戦にて、右手にデッドボールを受け退場。
打率は5試合で1割5分と不調の様子だったのに加え、右手も負傷しました。
筒香嘉智
球団:DeNA
成績:3試合 11打数4安打 0本塁打1打点 .364
中村剛也選手の後釜を任されたのが、筒香選手です。
第一回プレミア12は、3位という結果に終わりました。
筒香嘉智(2017年WBC④)
球団:DeNA
成績:7試合 25打数8安打 3本塁打 8打点 打率.320
2016年に本塁打・打点の二冠王に輝いた筒香選手が、第一回プレミア12に引き続き第四回WBCでも4番となりました。
「3試合連続のマルチ本塁打」という新記録も打ち立てており、スラッガーとして評価された故の起用でした。
鈴木誠也(2019年WBSCプレミア12②、2021年東京五輪)
球団:広島
成績:プレミア7試合 23打数11安打 3本塁打 12打点 打率.478、東京五輪5試合 22打数 3安打 1本塁打 1打点 打率.167
「攻撃・守備・走塁」すべてが出来る4番として、プレミア12と東京五輪ともに鈴木選手が起用されました。
スラッガータイプの選手が多かった侍ジャパンでは、鈴木選手は新しいタイプだと言われています。
プレミア12では打率4割7分8厘と凄まじい成績をおさめ、大会MVPを獲得。
一方、東京五輪では1割6分と打率は奮わなかったものの、勝ち越された直後に本塁打を決めており、4番としての勝負強さを見せつけました。
まとめ
今回は侍ジャパンの歴代4番について、各選手の特徴や成績と合わせてまとめましたが、懐かしい選手や好きな選手もいたのではないでしょうか?
4番は攻撃の要として実力のある選手が務めるため、毎回誰が選ばれるのか楽しみにしている方も多いと思います。
今後の侍ジャパンの4番も誰になるのか、引き続き注目していきたいですね!
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